『聖霊がなければ「イエスは主」とは告白できない』(Ⅰコリント12:3)とありますが、この「告白」は、口と心が一致した発言を意味します。かつ当時はキリスト教迫害の嵐が吹き荒れ、ローマ人は「カイザルは主」を合言葉とし、それによって命を守る時代でした。私たちは迫害のない時代に生きています。が、お金や仕事が主となってはいないでしょうか。裏表のない「イエスは主」という言葉を告白し、そのことを、生き方を通して示していきたいと思います。 青虫が蝶になるためには、さなぎを通らなければなりません。さなぎは英語でchrysalis、この語源はChrist、キリストです。罪でがんじがらめになっていた自分を知り、でもそこでしかお会いできない方とお会いし、悔い改め、2次元の青虫状態から、大空を飛び回る蝶に作り変えて頂ける者は幸いです。そのスタートは、神を知り、自分を知ること。そしてこれを為してくださるのが真理の御霊なのです。 紙のグライダーを遠くまで飛ばそうと思ったら、先っちょに鉛製のおもりを付けます。あなたにも、人生を邪魔しているとしか思えない重荷があるかもしれません。その意味を、内なる聖霊に問うてみてください。そして信頼して委ねましょう。その重荷が、時を経て、グライダーのおもりとなって、あなたを遠くまで飛ばしてくれます。聖霊は、言葉にならないうめきをもって、今日もそのあなたの重荷についてとりなしてくれているからです(ローマ8:26)。
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