人は皆、自らの人生のシステムを持っており、それが礎となり、自信の源となる。しかしペテロとヨハネは、ある事件を通してそれが壊された。だからペテロは、自分が主人を一旦は否定した事実まで公表し、「すべての人は罪びとだ」と語った。この言葉は衝撃だ。
ペテロもヨハネも自分が善人でないことは百も承知だった。だから、「自分には何もない」「この方以外には誰によっても救いはない」と断言したのだ。ところが人々は、恵みによってしか救われないという「無力感」をなかなか受け入れることが出来ない。だからイラつき、嫌うのだ。
アベルは神の恵みに生き、カインは自分のパフォーマンスに生きた。アベルはカインを愛し、カインはアベルを憎んだ。あなたの根っこのモチベーションは、愛かそれとも憎しみか。あなたの心の礎は、イエスかそれ以外か。カインは、自分に確信がないので、確信を持っている者を嫌った。これが迫害の起こるもうひとつの原因だ。
あなたが誰にも迫害されないとしたら、それは、あなたがイエスの様でないからだ。愛にあふれ、真実に行動するなら、その人は迫害される。迫害を避けようと必死になる必要はない。それは、イエスと同じ靴を履くことだから。死のあとには復活がある。私が死ぬとき人々は救われる。この奇跡は2024年にも起こるのである。