キリストに在る結婚
エペソ5:21-33

W.Hオーデンは、「全ての結婚はいかなる恋愛より無限に面白い」と言います。なぜなら恋愛における恋の対象はイメージであって、実物ではないから。なおかつその喜びは承認欲求の満足であって、その中身はほとんどが自我。それに対し結婚は、人物を知り、和解と対立を繰り返し、一緒に困難を乗り越えて継続するもの。かつそれは、犠牲を払ってでも相手の成長と繁栄に資する「献身」だからです。

結婚のパートナーとして求めるべき相手は、神があなたの人生になしつつある、神に似た者に回復する作業を理解する人です。あなたの人生に必要なのは、「私はあなたを愛している。と同時に、神があなたの中に為そうとしていることに心躍らせている。私もその一部になりたい。そして私自身の成長にもあなたが必要。いつか悪いものがすべてそぎ落とされた姿でイエスの前に一緒に立ちましょう」と言ってくれる人なのです。

しかし夫婦には対立があります。ですからお付き合いする中で包括的に相手を観察し、今好きだと感じる部分は長続きするのか、それとも時間とともに消えてなくなるのかを知らなければなりません。また、長期にわたって尊敬できる人を選ぶべきです。最後に、最終決定権は夫にあります。なぜなら夫はかしらだから。ただし夫はその立場を自己満足のために用いてはなりません。

聖霊は配偶者としてのイエスの愛を教えてくれます。イエスはとんでもない配偶者である僕らを十字架から見下ろしながら、歴史上最高の配偶者として留まってくださいました。だから聖霊がイエスの愛をあなたの心に刻むなら、そしてあなたがイエスを配偶者より愛するなら、あなたは本当の意味で、正しく自分の配偶者を愛することが出来るのです。

クリスチャンは終わりの日に、イエスとの究極の結婚が約束されています。従い、人間の結婚はただその影であって、究極ではない。そのことを知る時、また真に満たしてくれるものが自分には約束されていると確信する時、僕らは初めて、独身に在っても結婚においても動じない、真の心の軸が与えられるのです。