行って実を結べ
ヨハネ15:7-17

「王の友」とは、王と、家族や家臣以上の関係を持つ特権階級の呼び名で、彼らはどかどかといつ王の寝室に入って来てもよい人たちでした。当時のこの「友」の意味するところを知った時、「私はあなたを友と呼ぶ」と言われたイエスの言葉の …

あなたは救われている
ルカ24:1-12

僕らは自分では処理できない負の思い出、消したくても消せない罪の記憶を抱えて生きています。が、神が僕らを捕えてくださったという思い出、あの一番つらいどうしようのない場面にも神が共にいて下さり、すべてが神の愛の中にあったとい …

まことのぶどうの木と枝
ヨハネ15:1-6

神は僕らに与えたくて与えたくて仕方がなくておられます。いや実はすでに与えられていて、だから、「求めなさい。そうすれば与えられます」(マタイ7:8)と僕らに語るのです。でも、僕らはなぜか求めない。つまり、目の前に、神の用意 …

どん底に降りてこられる神
創世記28:10-22

ヤコブは長男の権利を兄から奪い取り、父の祝福まで横取りしたことで、兄に殺意を抱かれ、這う這うの体で一人ラバンの家に逃れます。その旅先での最初の夜、彼は神と出会うのです。どん底での神との遭遇。それは神自らが、情けない一人ぼ …

恐れるな、あなたの王が来られる
(関野祐二師)
ヨハネ12:12-19

イエスの王の立場を、ピラトは理解できませんでした。血を流す王?どうして?訳が分からなかったのです。軍馬にまたがる宮のきよめのリーダー、ユダ・マカバイオスのような王をみんな望んでいたのに、実際現れたイエスはロバに乗っていた …

イエスの与える平安
ヨハネ14:21-31

あなたのカレンダーは日曜スタートですか、それとも月曜スタートですか。クリスチャンは日曜スタートのものを用いる人が多いですが、それには理由があります。僕たち、戦う者たちには常におびえがあります。新しい週、職場の仲間の所に戻 …

二つの来臨
イザヤ60:1-3

イエスが初臨でなされたことは、ヨベルの年の借金棒引き、完全な解放でした。内容は3つ。一つは経済的・霊的な貧しさに打ち砕かれた人たちが解放されること。第2が囚われ人の解放です。僕らは人の評価というものにどうしても捕われてい …

ひとり子さえ惜しまずに
創世記22:1-18

イサクはアブラハムにとって、今や宝物中の宝物。でもそれが神以上になった時、イサク奉献の命令が神から下りました。それは、あなたの霊は死んでいないか、向くべき方向を向いているかという問いかけでした。これは僕らへの神の問いかけ …

もっと大きな業に向けての主の備え
ヨハネ14:15-21

イエスは、僕らはさらに大いなる業を為すと予告されました。それもご自分が世を離れることでそれが可能となると。その意味するところは、代わりに送られてくるもう一つの助け主である聖霊が、その時働き始めるということです。聖霊として …