神のかたちに造られた私たち
(坂野慧吉師)
創世記1:26-28
創世記1:26には「神は仰せられた。『さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。』」とある。「仰せられた」は三人称単数。しかしそれに続く内容は「われわれ」と、どう見ても複数の内容。これは神が三位一体の関係 …
創世記1:26には「神は仰せられた。『さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。』」とある。「仰せられた」は三人称単数。しかしそれに続く内容は「われわれ」と、どう見ても複数の内容。これは神が三位一体の関係 …
英語にはanother ideaという言葉があります。もう一つの思い、自分が考えるのとは別次元の考えという意味です。僕らはこれが最高と思っていろんなことを決め、物事を進めますが、それをはるかに超えるアイデアがあり、神はそ …
ヨセフは幸運な人となったと聖書にあります。それは神が共におられたからです。そして、それ故に、あんな過酷な人生を歩んだにもかかわらず、彼は過去に縛られることなく、今を一生懸命生きることができました。そして異邦人ポティファル …
あなたはどんな祈りを神にささげていますか?綺麗なことばを並べる「よそ行きの祈り」になってしまっていないですか?そうではなく、本心をぶつける祈りこそが大切と、ヤコブの格闘は語ります。詩篇のダビデのように、偽りのないことばで …
ヤコブは長男の権利を兄から奪い取り、父の祝福まで横取りしたことで、兄に殺意を抱かれ、這う這うの体で一人ラバンの家に逃れます。その旅先での最初の夜、彼は神と出会うのです。どん底での神との遭遇。それは神自らが、情けない一人ぼ …
結婚など、親しい人間関係に回復がある時、僕たちは本当に慰められます。神はそんな身近な人間関係の回復を通して、この世を変えて行かれるのです。そこには恐れがあったり、自己評価の低さがあったり、いろんな妨げはありますが、それが …
イサクはアブラハムにとって、今や宝物中の宝物。でもそれが神以上になった時、イサク奉献の命令が神から下りました。それは、あなたの霊は死んでいないか、向くべき方向を向いているかという問いかけでした。これは僕らへの神の問いかけ …
ペテロの手紙は、サラのことを、神を恐れかしこむ良い生き方をしたと高く評価しています。が、実際のサラを見ると、神に望みを置くよりも人間的な解決を求めてハガルをアブラハムに与えたり、はたまたハガルが身ごもると今度は2人して自 …
アブラハムはアビメレクに対し、サラのことを、自分の妻なのに妹だと偽って「進呈する」という失態を演じます。これは以前犯したのと同じ失敗でした。なぜこんなことになったのか。それは恐れによるものでした。アビメレクは決して変な奴 …
さばきは主の専売特許。でもそのさばきに口をはさむことを、言い換えれば、盾突くことを、主はアブラハムに期待されました。ソドムの町の罪を赦すにはこれだけの正しい人が居ることが条件という「数字」を、主は50人からどんどん減らし …