祈りの習慣はありますか。それは、「お願いリスト」を空に打ち上げるような祈りになっていませんか。そうではなく、イエスキリストは、まず神が何を求めておられるかを知るために神のそばに行く祈りをせよ、神とともに過ごしたいという思いで神に近づく祈りをせよと言われました。動でなく、静の祈り・・・それが「御国が来ますように」「御心がなされますように」の祈りなのです。 自分が誰なのかを知り、神の大きな流れの横に立ち、何を期待され、何を為すべきかを思いめぐらす時、僕らの祈りは変質していきます。神は僕らがそう思う以上に、僕らと一緒に居たいと思っておられる・・・それが分かると、これまで必死で祈ってきたことが、神は全部ご存じで、そのすべてに責任を負ってくださっているということが分かって来る。その時祈りは「僕はいったいあなたと何をすればいいのですか」に変わるのです。 そして誰にも見せたことのない奥の間に、イエスキリストを招きましょう。神は僕たちの祈りが口にのぼる前からすべてご存知ですから、従来の通り一遍の会話にはがっかりされているかもしれません。そうではなく、これまで誰にも明かさなかった苦々しい思い、罪意識、嫉妬心、疑いを表に現わすなら、不思議なぐらい、これまで自分を縛って来た力がスーッと抜けて、急に楽になります。今週是非この新しい世界へ!
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